深〜く進行していた話です。 所は銀座、路面1階で29坪のお店でした。ご高名な日本を代表するフレンチのシェフが経営するお店の跡地です。 春からK部長が探していて2件目の物件でした。 東京出店は皆の人生がもっと楽しくなりそうだから決めました。いろんなスタッフが数ヶ月単位で交代しナンチャッテ東京人を体験する。今まで、雑誌やTVなどで観る有名店を何時でも簡単に体験できたり、あらゆる伝統文化や人物に触れ自分を高める事ができる。それも知らず知らずの間に。そんないろんなレベルでの一流を知り仙台に戻りそこで表現して行く。そんな人物が続々現れる。そんな会社がお店が仙台にあったならきっと楽しいお店ができると思うからです。(一般企業の方々も転勤を繰り返しながら自分のレベルを上げていますよね。)
今回その物件に出店希望の申し込みがあったのは183社なそうで私達には考えられない数です。やはり東京の銀座ではなく、日本の銀座なのだと言う事を思い知らされました。 申込書をお出しするにも私達のような者が意思表明をして良いものか臆してしまいました。「え〜ぃ、成すがままよ」とばかりに思い切って目をつぶり提出したのでした。
選考は第3次まであります。まるで就職試験や入試のような難関です。しかしここで奇跡が起きナント183分の5社までに残ったのです。最後は役員11名の前でのプレゼンテーションで、まるでTVの「¥のタイガー」のようでした。 私達は、プレゼンテーションとは「その時間内にどれだけ印象に残る楽しい夢を見せれるのか」と考え取り掛かりました。
切り口は ※「東北の食材」ですが、こういうものは他の182社も盛り込んでくる所で一般的です。 そこで、私達は、他のどこにも無い切り口を「支倉 常長」に置きました。1613年から7年かけて初めてヨーロッパを巡ってきた唯一人の日本人です。(日本人:80名、宣教師を含むスペイン人:40名の総勢120名で、太平洋を横断して向かったのだそうです)その彼のお陰で現在、宮城県はイタリヤのローマ県と姉妹県になっています。そして、日本を代表する西洋野菜の基地を目指しているのです。このご縁から今回の銀座の物件までを繋げてプレゼンした次第です。 (この為に、県庁の方々には何度か色々とお話をうかがう機会を頂戴しました。ありがとうございました。) 6/13 始めは「何を言い出すのか」というお顔を皆様なさっていました。だって400年も昔の一人の武士の話しですからネ。でも掴みはOK!で大変興味を持って頂きました。 これで私の役目が終わり、メインのK部長の登場です。彼はより具体的なお店のコンセプト・店名・ハードとソフトの説明です。途中お料理の話に及んだ時には、待ってましたとばかりにO料理長の腕の見せ所でした!この時の為に朝早くから準備し、新幹線で運んできたアイスボックスから取り出したタパス3品をその場で盛り付けバーナーを取り出し焦げ目を付けたのでした。 役員の皆様はお昼のお食事も済んだばかりでしたが、K部長の前振りとO料理長の魔法にかかったご様子でご高齢にも関わらず美味しそうに皆様全て完食して下さいました。
後はもう、「人事を尽くして天命を待つ」の心境で待つ事。 6/23「桜散る」の連絡を頂いた次第でした。 無駄になる事は何ひとつ無く、今後もできそうにも無い体験を積めた事はきっとこれからの展開に発揮できる財産と思っています。ビルオーナー様や紹介に関わって下さった方々には深く々感謝しています。 また、この実績は私達の誇りにもなる事と感じ自信の一つになっています。 まぁ、「銀座はまだ早いよ」と言われたと思ってがんばります。
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