4月の列車事故は、筆舌に尽くし難い表現の仕様のない事故?でした。 いつもと何も変わりのない一日の始まりから、突然愛する人たちが居なくなる。もう二度と話し声や笑顔を見る事ができなくなる。いろんな事を話そうと伝えようとしてももう居ない。家族や恋人、同僚や友人の心を酷く傷つけた事でしょう。取り返しのつかない事です。列車自体の問題も取り沙汰される事でしょう。しかし、運転していた方の個人の気質や適正もある事とは思いますが、そこまで追いやった鉄道会社の研修や教育の姿勢=鉄道会社の姿勢が問われるべきでしょう。ミスを犯した者に対する再教育や指導と言う言葉の裏側にあった意味。何故そういう人物を創ってしまったのかこれから問われていくべき事実です。 この教訓はどんな仕事をなさっている方でもありうる事を教えてくれます。 この事故とは何等比べようもない事ですが、私がサラリーマン25・6歳の頃です。東京出張の帰りに急な仕事で福島県のある取引先に寄る事になりました。商談も終わったその夜懇親会と言う事で、先方も含め約十人ほどで会食をしました。その席での出来事です。 取引先の本部長様とのご挨拶の場面で私は名刺がきれていて無かったのです。東京でのご挨拶で全てを使い切っていたのです。その部長様は社内でもとても豪傑として有名な方でその会社を仕切る位の方でした。その旨は伝えたものの突然「帰れ」!それまで和やかな場が瞬時に静寂に包まれました。目の前の部長様は激怒していました。何度も「お前は帰れ」!「早く帰れ」!と言い続けられました。誰も助け舟を出してはくれません。その時思いました。はたして自分は本当に悪いのだろうか?確かに失礼をしたとは思いましたが、止むを得ない事ではないのか?こんな事で「帰れ」は理不尽ではないのか?こんな時はどうしたら良いんでしょうか? 私はひたすら部長様の眼を見続けました。睨み付けていました。こんなやり取りがあった後「気に入った」「さあ、飲め」こんな具合になりました。若造を試して下さったのでしょう。
飲食店の私達にも取り返しの付かない事をしてしまう事があります。例えば「大切なおろしたてのお洋服にワインやお料理をこぼす」「お預りした傘が無くなってしまった」「ご予約の日時を取り違えていた」「ご予約がダブルブッキングしていた」極めつけは「結婚式2次会でご参会の皆様に食べて頂こうと新婦様が寝ずに作ったケーキを思いっきり床に落としてしまう」これなどはもうこの世の終わりがやって来たようなものです・・・あぁ神様。等など暇がありません。 突き詰めると大事な事は、無くなる事の無いこのような問題やミスを無くすよう一生懸命努力をすると共に、一方でこのような事故があった後の対応をこれまた一生懸命に考える事しかありません。一人の人としての心からの対応が必要なのでしょうネ。心からの謝罪から始まりそれに関わる全ての情報を開示し、自分がそのお客様であるならば、何をどのようにしてもらいたいかに思いを馳せる。とことん本人よりも考える事そして早急に行動する。出来た事実は変わりません。その事実をどう捉えるのかで全く逆に作用します。 禍転じて福と成す。
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